区画整理が完了した段原東部地区を歩く

南区段原東部地区で行われていた広島市の「段原東部土地区画整理事業」が完了しました。
段原地区一帯は比治山の陰となり、原爆による家屋の大きな倒壊や焼失を免れた地域です。
終戦後の復興は損壊の大きかった平野部などが優先されたため、細道に木造家屋がひしめき合った街並みが近年まで続いていたのが段原地区でした。
1970年台には当時南北に走っていた旧国鉄宇品線を境にした西部地区の区画整理が始まりました。
広島サティやイーストビルなどを含む西部地区の区画整理・再開発は2006年に完了、
東部地区は1995年から区画整理に着手し、この春完了しました。
 
東西合わせて面積は約75ha、総事業費は1467億円にも上ったこの区画整理事業は、着手から40年以上経って晴れて完了に至りました。
【中国新聞】:段原再開発事業、41年で完了
 

より大きな地図で 段原地区 土地区画整理事業 を表示
 
前置きが長くなりましたが、
今回はこの春土地区画整理が完了した段原東部地区を歩いてきたので紹介します。(上の地図で赤く塗った部分です)
東部地区だけでも26.5haあり、初めて訪れた場所でもあるので今回は写真が絞りきれずに多いことを最初に断っておきます。
ちなみに二葉の里地区は14haです。
 
 
まずは、カープの本拠地マツダスタジアム前から南に下った、猿猴川に架かる「平和橋」から段原の方を臨みます。
 
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振り返ればマツダスタジアムの正面玄関辺りが見えるといった状況。
平和橋も含むこの南北の道路は、都市計画道路の「段原蟹屋線」です。
広島駅から南区宇品までを走っていた旧国鉄宇品線はまさにここを通っていました。
線路の跡は画像右側のピンクのマンションの辺りです。
 
現在はこのように憩いの場として整備されています。
 
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ここを含む左側一帯(東側)全てが段原東部地区です。
 
 
この「段原蟹屋線」はマツダスタジアムついでに歩いたり、車で通ったりすることは何度もありましたが、これより東側へはほとんど足を踏み入れたことがありませんでした。
 
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ということで、あえて南へは下らず、ファミリーマートやネッツトヨタがある平和大橋南詰交差点から東へ向けて進んでいきます。
 
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思い返してみれば、新球場(マツダスタジアム)の建設中の2008年頃はまだこのような街の姿はなく、ただただ砂地が広がっているような状態でした。
写真には残していませんが、ここ数年で一番街並みが変わっている街並みと言っても過言ではない所でしょうね。
 
 
300mほど進みました。
ここでは猿猴川に架かる道路橋「東大橋」を架け替える工事が行われています。
東大橋は大州と東雲を結ぶ都市計画道路「大州東雲線」の一部です。
画像は上東雲町川岸公園から撮影した仮歩道橋の様子です。
 
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これの東側(下流側)に本橋が建設されています。
 
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その仮歩道橋から撮影しました。
段原側で新しい橋台が姿を表していますが、現地の看板によると5月末まで橋梁の下部工事が行われるとのこと。
将来はここが東大橋南詰交差点になるわけですね。
 
 
この交差点の西側には、とあるサービスを提供するお店が出店して話題となりました。
 
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右手が平和橋方面、左奥が東雲方面です。
こちら、ドライブスルーができるスターバックスです。2年前の2012年4月にオープンした時は広島初だったそうです。
なかなか頻繁に車が出入りしていました。東大橋の開通でさらに賑わいを増すのでしょうか。
 
 
さて、その東大橋も含む大州東雲線を南下します。段原東部地区はもうすこし東側まで続きますが、思いっきり住宅街に入っていくのでここで下ります。(Google Maps参照
 
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画像の左に少し入った所に比治山病院があります。
 
 
先の交差点から振り返ります。
 
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現在は道路橋が無いためここでT字路になりますが、開通後の交差点に対応するため右折車線が用意されています。
こういうのを見るのも面白いです。
 
 
ずっと南下して、上東雲交差点(T字路)に突き当たる部分から北側大州方面を。
 
201404danbara-east-13.jpg
 
この交差点でも右折車線が潰されていますが、この交差点から南東の東雲(国道2号線)方面は現在、都市計画道路「比治山東雲線」が整備中です。
 
 
上東雲交差点から南東方面。
 
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車道は片側2車線で整備される予定ですが、まだ整備中で東雲方面はここで行き止まりで迂回が必要となります。
ここも歩いてきましたが、あまりにも記事が膨大になりますので次の記事でまた紹介します。
 
 
それではここ上東雲交差点から、比治山東雲線を西の比治山方面へ向けて進みます。
 
201404danbara-east-14.jpg
 
非常に綺麗な街並みです。再開発以前の街並みを知る方が見たら驚かれるんだろうなと思いながら撮りました。
 
 
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しばらく進むと、先ほど平和橋南詰交差点近くから紹介した、段原蟹屋線と交わる「段原山崎交差点」です。
 
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ずっと奥に進めばマツダスタジアムです。と言っても歩いて10分もかからない位でしょうかね。
 
 
交差点を北側から撮りました。
 
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この付近は広い道路に中層マンションが多く立ち並び、都会的な雰囲気を感じます。
 
しかし区画整理が行われるまでは、この奥に「広島市立段原中学校」がありました。
現在のこの光景からは想像もつきませんが、ここから画像奥の方向へ少し入った所にある「段原山崎第2公園」にその証拠があります。
 
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公園の隅に正門の門柱が当時の形のまま保存されています。
これを見ると”ああ、凄いことをやってのけたんだな”と深く感じるものがあります。もうすでに周りは住宅街ですからね。
ちなみに段原中学校は南東約500m程の霞一丁目(警察学校の南)へ2011年度に移転されました。
 
 
この公園には上の中国新聞にも載っていた記念の石碑が立てられています。
 
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上の三角形は段原東部地区の全体が形どられていますね。
 
以上、段原東部土地区画整理の完了した現地の様子でした。
ここには載せていませんが、紹介した地点以外にも色々歩きまわっています。
これだけの広さ、40年という年月が再開発の大変さを物語っていると思います。
正直なところ私は段原(特に東部)にはあまり縁が無かったため、ほとんど訪れたことはありませんでした。
馴染みがある方にとっては物足らない内容だったかもしれません…。
しかし私なりには街歩きを通して段原再開発の一端を見ることができました。
今後の街の成熟や、未整備の大州東雲線、比治山東雲線の整備にも期待したいですね。


 

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